避難した人も避難できない人もツライ思いは一緒

被災地避難者との交流会

さよなら原発品川アクションは原発NOを地域の中で賛同者とともに発信していくことを目的に昨年9月に発足しました。3月11日の震災に伴う福島第一原子力発電所の爆発に合わせて、毎月11日に宣伝行動も行っています。

2012年3月11日は「さよなら原発品川アクション」のコアメンバーが各地の反原発集会に参会していることから、日時を変更して3月17日に定例行動を企画しました。17日は雨のため定例行動は中止をし、被災地避難者からの報告会を開催しました。
3月3日戸越にオープンした福島避難母子の会in関東に登録されている白土さんと復興支援グループピース福島の相楽さんのお話を伺ました。

震災当時、お二人とも福島県郡山で被災されています。避難に至る心の葛藤、子どもの将来を思う親心、被ばく被害を心配する若い世代と故郷を捨てきれない親世代の葛藤。ああやっぱり大変なことがおきていたんだというせつなさで胸が痛みました。

これから東京に住む私たちは何ができるのでしょうか。今一番心配なことは何ですか?

それは住宅問題だといいます。

借り上げ住宅が避難してきた東京にはないこと。被災者用の借り上げ住宅は千葉や神奈川の都心から離れたところにしかない現状。大家さんの好意で住まわせていただいたが、もうそろそろ限界といわれていること。住民票を移した人は被災住民ではなく、東京都民といわれてしまうこと。

品川区にも災害救助法に基づく住宅があり、利用期間も延長したと報告があったはず。現状はどうなっているかすぐ確認しなければといてもたってもいられなくなりました。

住宅提供は一時しのぎで、地域に戻ることを前提に措置されているのでしょう。しかし原発事故が起きた福島は子どもを連れた「戻る場所」なのでしょうか。

福島の佐藤知事からは福島県の人口が減少してしまうことを懸念して、避難先自治体に支援をやめてほしいと要請したという報道があるが本当か??という質問がありました。

子どもの健康よりも自治体運営を優先する首長!!なのでしょうか。原発被害の情報が正確に公開されて、住民の判断が優先されるべきフクシマが一番の情報弱者にされてしまっているのではないかということを改めて痛感した交流会でした。(井上八重子)

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